インフルエンザの予防接種などは皮下(皮膚の下の脂肪層)に薬液を注入します。その注射のお話です。

「もんだほうがいいですか?」
「今日は風呂に入っていいですか?」

当院では5年くらい前から「もまない」「風呂はいい」と接種後に説明してきていますので、最近ではあまり聞かれなくなりましたが、標準的な日本人は、注射を打たれると同時に、この2つの質問を発するようにプログラミングされているようです。

さらに、興味深いことに、その質問を受けた医者や看護婦が、「注射のあとは、もまなくてもいいですよ」、「今晩はお風呂も入ってかまいませんよ」と答えると、注射を打たれた人々は一様に怪訝そうな顔をされます。

つまり、日本人にとって、注射のあとは「しっかりもむ」、「風呂には入らない」というのが「常識」であり、それを医療者に否定されることがおもしろくないということでしょうか。



予防接種のあとは強くもまないほうが良い。その理由を説明します。

そもそも、注射には薬剤を注入する場所により、「皮内注射」、「皮下注射」、「筋肉注射」、「静脈注射」などの方法があるのですが、予防接種のワクチンは「皮下」に注射することになっています。「皮下」とは、文字通り「皮膚の下」のことで、解剖学の言葉を使えば、表皮と筋肉の間にはさまった、真皮と皮下脂肪を合わせた場所のことです。

皮下注射をすると、ワクチンは注射した部位にしばらくとどまっており、そこからゆっくりと全身に吸収されていきます。
しかし、接種した場所を強くもんでしまうと、皮下組織がダメージを受けて、ワクチンが急速に周囲に拡散してしまったり、血管内に侵入するために、局所反応(皮膚が赤くなる、腫れる、熱をもつ、痛痒くなるなど)やアナフィラキシー(全身的なショック症状など)の発生する頻度が高くなると考えられています。

これが予防接種の後を強くもんではいけない理由です。



日本人が注射のあとはよくもまなければいけないと思うようになったのにもわけがあります。昭和30年代後半ごろからつい最近まで、日本の開業医はかぜの患者さんが来ると、実に気軽に解熱剤や抗生剤の「筋肉注射」を打っていました。
0.5ccのワクチンを注射する皮下注射とちがって、このような筋肉注射は1〜2ccの薬剤を腕やおしりの筋肉に入れるので、後からしこりにならないように、「よくもんでくださいね」と指示しなければなりませんでした。

前回の院内報でも書きましたが、現在ではウイルス感染症であるかぜに効果のある注射薬など存在しないという考えかたが主流となったために、このような筋肉注射の機会は激減していますが、そのころ医者や看護婦が行った教育が国民に根強く浸透しており、「注射のあとはしっかりもむもの」という慣習が生まれたものと推測されます。 





では注射の後のお風呂はどうでしょうか?
「お風呂に入っていいですよ」と言うと、「注射を打った穴からバイ菌が入るのでは」とおっしゃるかたもあります。
このような心配性のかたを納得させるためには科学的な説明が一番。最近読んだ本のなかに、この件についてのすばらしい説明がありましたのでご紹介します。


入浴制限派の言い分は「風呂の水の雑菌が体内に入ると感染を起こす」というもの。

この場合の菌は、注射した針の通り道がトンネルのように残り、そこから体内に侵入するしかない。しかし、物理学の法則にあてはめて考えてみると、風呂のなかで水圧はすべての方向から均等に作用する。つまり、風呂のなかの水圧は人体を押しつぶす方向に作用することになる。一方、「注射針の通った後のトンネル」は、支える構造のない力学的に不安定な穴である。このため「注射針の通ったトンネル」は、入浴した瞬間に、水圧によって真っ先に押しつぶされることになる。すなわち、風呂の水が体内に侵入するよりも早く、「トンネル」がなくなってしまうのだ。
まして、水は粘性の強い液体であり、「注射針の通ったトンネル」のような細い穴に水を入れるためには、極めて高い圧力をかけなければならない。風呂の水を注射器に入れて人為的に注射でもしないかぎり、注射針の穴から風呂の水の雑菌が体内に入ることは不可能である。−(夏井睦「これからの創傷治療」医学書院刊P87より、一部改変して引用)−
        

私は上記のような詳しい説明はせず、「昔はダメだったけどね〜、今は風呂に入っても大丈夫ってことになったのですよ」という、極めてシンプルながら、理屈も何もない理由のみで、入浴を許可しています。


上腕外側の中ほどは皮下組織が浅く、橈骨神経の走行部位でもあるため、推奨されている接種部位は図の通りです。
インフルエンザの予防接種、確実に発症を抑えるという注射ではありませんが、少なくともかかりにくくなる、発症しても軽くすむという効果はあると考えています。

まだの方はお早めに。
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